佐藤義則『絶対エース育成論〜なぜ田中将大は24連勝できたのか?』

 

・各球団にひとり佐藤コーチが欲しい

・精神論と技術論のバランス

・ピッチャー時代の糸井選手の話が読めるのは貴重

 

『なぜ田中将大は〜』というサブタイトルに加えてこの表紙写真ですから、田中投手の育成エピソード+昨年の楽天イーグルス優勝の舞台裏話一色かと思いきや、そうでもなかったです。日本ハム時代にダルビッシュ投手を育てた人物でもあるので、そのあたりの話はもちろんのこと、則本昂大投手や美馬学投手、釜田佳直投手のことなど、ひろく楽天投手陣の育成エピソードが語られているのも興味深いですが。

読んでいると、選手の固有名詞をあげての課題や指導方法の説明もさることながら、そもそも「育成論」と銘打つだけあって、佐藤コーチの考える「投手に必要なものとは何か」がかなり事細かに解説されており、それが野球未経験者でも具体的にイメージできるほどでおもしろい。マウンドに立った時の足の置き方、クイック時の足捌き、タオルを使ったシャドーピッチングのやり方、遠投の重要性、投手にとって必要なトレーニングとは何か等々……時には自身の写真入りで説明が行われます。こんなに公開してしまっていいのかな?とも思いますが、しかしこの本の中で繰り返されるように、自身44歳まで現役を続け、シーズン21勝という成績を残し、一軍コーチを務めた球団はすべて優勝を経験という確実に有能な、あまりに有能なコーチをもってしても育てられなかった投手はいるわけで、ピッチングというものの難しさを思わされます。この本の中で少しだけ触れられているように、一場靖弘投手などがまさにそうだったのでしょう。彼に関して佐藤コーチは、「マウンドの傾斜に負けた男」と形容しています。平らな場所ではすごい球を投げるのに、マウンドに立つとダメになる、と。一場投手とて昨日や今日野球を始めた人ではないのですから、ずっとマウンドに立ち続けてきたはずですが、それでも“プロのマウンド”に立つとからっきしだ、と。すごい球を持ちながらノミの心臓ゆえに活躍できず、プロ野球の舞台から去っていく投手というのは必ずどこの球団にもいるもので、そればかりはいかな名伯楽といえど改善することは難しいのでありましょう。

なお、佐藤コーチの話のおもしろさは、先述したような細かな技術論と共に、「ランニングの後、先輩のグラブを持ってくるくらいの気が利かないヤツはダメだ」「自分のジョークに反応できない、つまらない若い奴が多い」「つまみ食いしていたダルビッシュにブチキレ」というような古風さ(つまみ食いは古風とかそういう話ではないですが)が同居しており、この両輪で選手を育てていくのが基本線になっている点のように思います。そこへいって、オリックスで一緒だったはずの井川慶投手の話があまり出てこないのは、あの“変人”ぶりではこの古風さとはソリが合わなかっただろうな……と推察させられます。

他方、“変人”というより“超人”が最近の二つ名になりつつある現オリックス糸井嘉男選手の話が、個人的にはとてもおもしろかったです。糸井選手が実は日本ハム入団時は投手だったというのはわりとよく知られた話で、当時のエピソードなどは先般のWBCで注目を浴びた際に各種週刊誌でも取り上げられていました。佐藤コーチはその頃の指導者です。抜群の身体能力と頑丈な肉体を併せ持ち、「センターとレフト、それぞれ20本ずつ走れと言ったら、平気な顔して走り終えてくる」「要求したら何本でも走ってくる」糸井選手に対しては、投手の走り込みの重要性を説く佐藤コーチをもってしても呆れていた様がうかがえます。糸井選手が佐藤コーチに言った「ずっと付きっきりでいてください」という発言、そう言ったときの糸井選手の表情が容易に思い浮かびました(笑)。結局糸井選手は投手としてはものにならなかった。それに関して佐藤コーチは、「いいときは147〜8キロのすごいボールを投げるのだが、緊張感が持続しない」「今日やったことを1日寝たら忘れるタイプだったから(中略)あれではピッチャーは難しい」と総括しています。そして、二軍戦で先発した糸井選手が、バッティング練習もしていないのに1打席目でツーベースヒットを打ったことを挙げて、「なんでもそうだけど、結局はセンスがものを言う」と締める。この言葉からは、どれだけコーチが綿密に指導し、受ける側がそれに守り従おうとしたところで、突出した選手になれるかどうかは結局最初から持っている素材がモノを言うという、ある種ドライな佐藤コーチの考えが透けて見える気がします。それはむろん、自身が現役選手としてかなり長く投げ、コーチとして多くの若手を見てきたからこそ知っている、プロの世界のどうにもならなさに基づいているのでしょう。

ただしこの言葉、実はさらにもう一行、「(略)センスが抜群にあれば、少々明後日の方向を向いていたってプロで生きて行けるんだよな」と続きます。糸井選手に関して“少々明後日の方向を向いている”という形容、さすが名コーチ、ご慧眼です。